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GDE
 昨日まで東京ビッグサイトでやってた
グッドデザインエキスポ2009を
スタッフやってたこともあり全体見てきたんですが、
すごく疲れましたね。

会場には、グッドデザイン賞の審査対象の製品が大量に展示されてたのと
ステージが組んであって、そこで出展者の企業の方や
大学の関係者とか学生とかがプレゼンテーションしてはりました。

プレゼンなんか見てると面白いなあと思ったのは、
やっぱり上手いプレゼンとそうでもないものがあるのだなと思いました。
それは、企業でも大学でも そうで
や、本当に ああいうものは難しいなと思いましたね。

隈雨平じゃない名義で、東京で作品を展示していてその関係で
プレゼンなり説明をしなきゃなんないのですが、
いつものラジオの感じは封印して、
しっかりしてる風でやりたいなと思います。
author:隈雨平, category:デザインについて。, 18:56
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フェルトのケース。
 MacBook Proのケースをいろいろと探していて
あんまりいいのがなかったのですが、
こういうの見つけたので、買いました。
フェルトのケースですが、ポリエステル製です。
ボタンやひも、ステッチ、Rなどの選び方や質感がとても良いです。
13インチくらいのサイズなら、A4サイズが入る鞄にいれて持ち歩けるので
鞄に入れることを前提に、クッション性は落ちるけれど
なるべくかさばらないラップトップケースっていうのは
もっと出てきても良いと思うのですが、
いまのところそういうものはあんまりないように思います。
まあ、ケータイとラップとトップとその変化系のネットブックが
今後は、今とは少し違う扱いっていうか使い方をされていくと思います。
その上で、持ち運び方ケースとか鞄のありかたって
もっといろいろ考えられてもいいんですが、
難しいのは、デジタルのやつらのほうがめまぐるしくデザインが変わっていて
大きさ、形、種類がやまのようにあって、
そのぶんだけケースにも山のように種類があって、
しかも、対応してないとちゃんと(っていうかスマートに?)使えない
っていうまどろっこしさがあるということだと思います。
フライターグのように、ブランドイメージがMacなんかのユーザーと
ある程度合致してるところが、専用ケースを出してるのとかは
けっこうおもしろいなと思います。

author:隈雨平, category:デザインについて。, 23:32
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ふりかえる傘について。
 沖縄では、梅雨ももう明けたらしいんですが
今日も雨降りでした。
当然のように雨が降れば傘をさす訳ですが、
(といっても、男女ともに雨の日に傘をさすという
 習慣が定着したのは、そんなに昔の話ではないので
 当然と言い切ってしまうのは、あまりにもポジショントークすぎる
 感じはしますが。)
最近は、もっぱら折りたたみ傘を使っています。
電車やなんかに乗ると、とても邪魔であったり
置き忘れたりすることも多いので、そうしてるのですが
やっぱり雨を防げる面積がすくないので、
まあ
コンパクトに折り畳めるけれど、けっこう広がるっていう
折り畳み傘があるといいのになあと思います。
や、もしかしたら
あるのかもしれない。
というのも、いつも使っているのは
コンビニなどでよく売っている500円の折り畳み傘なので
きっと探せばもっといいのがあるだろうと思うのです。
が、
傘は、500円くらいで
鞄に適当に入っているっていうのが
ある種、「今の感じ」なんだと思います。自分の。
author:隈雨平, category:デザインについて。, 22:23
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こんな事もします。情報求む。
 毎度、おさわがせの隈雨平です。
(そうでもないですか、そうですか。
 なんで、こんな慣用句的な、そして実際誰が使うのかはわからない
 自己紹介をしてしまったのでしょうか。)

1年くらい前にみたことがある、とある照明器具を
ネットで探してたんですが、
とうとう見つかりませんでした。

やー、ね。
ワタシのうろ覚えのせいで、1人の学生が
作品の大事なアイデアをつかうかボツにするかの瀬戸際に立たされています。

詳しい経緯は、まあ
ワタシだけのことじゃないので省きますが、

とにかく、照明器具を探しています。
特徴は

・(おそらく)スタンドライト(だったと思う) 

・真ん中の支柱から枝みたいに斜めに棒が伸びてて 
 そこに、本を掛ける事が出来る。 

です。ウェブで見た覚えがあります。
もし見覚えのある方がいらっしゃいましたら、
教えていただきたいです。

author:隈雨平, category:デザインについて。, 23:59
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電源ワイヤレス。
コンセントが無くなる日がくるらしい。

非接触で電気を送るっていうのは、一部の方式では
現在もあるんですが、それやったらいっそつないでしもたらいいやんレベルなので、
コンセントが無くなるっていうのは、もっとずいぶんと先の話だと
勝手に思ってたわけですが、
総務省は15年には実用化したいって言ってるらしいです。

電磁波が心配。っていうか、
それ以上に、我々が作るものの結構根本的な部分に
だいぶ関わってくるじゃないですか。

コード類が無くなる事で、
ある種の家電やなんかの(現状コード類によって生じる)「死角」がなくなる。
「動きの制約」もなくなる。
充電するものの「つなぐ手間」そして、つないだ事による「動きの制約」もなくなる。

そうすっと、あらゆる「コードから出てたもの」が
全然別のコンテクストで使われる可能性が出てきますよねえ。

author:隈雨平, category:デザインについて。, 17:52
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会期終了した展覧会のはなしをしようとしたけど、やめて今日読んだ本の話。
「et(エ)―128件の記号事件ファイル」という本を読んだのですが、
とても不思議な読書体験をしたなあ、という感想を持ちました。
著者の松田行正さんの別の本は読んだ事があって、というか
「眼の冒険」は、何度も読んでいてその度に面白いなあと思います。
「et(エ)」は、「眼の冒険」に比べて、文章がものすごく少なく
本当に、世の中の様々な「記号」(+とか☆とか*とかっていうやつです。)の
カタチの変遷が、羅列してあって
読み進めると300ページぐらいを一気にめくることになります。
(そして、そういうふうに読まれるという事は
 著者の意図であると明記してある。)

それは、読む人に対して「窓」を開いているように感じました。
(他にも、あんまり“書かはらへん”っていう構造−?−の本は、
 幾つかありますが、他のやつはもっと挑発的というか
 参りました。というより他ないというような構成・・
−や、すごく個人的な感想なのであれですよ。
 面白かったです。と同義語だと思ってください。−)

記号の変遷っていうのは、確かに「人がやってきた事」ですが、
じつは、「紙」とか「平面」(どちらかというと前者の方が大事)の上で
起きた出来事なんだという側面が強いんじゃないかと考えさせられました。

話は、ずれてしまうかもしれませんが
最近「なんで“揃ってる”ほうがきれいなのか」ということが、
やたら、気になっています。が
これは「何故世界は存在するのですか」的な、
半分答えられてて、半分答えたことになってないっていうふうになる類いの質問
なので、識の有る人にも誰にも聞けないでいましたが、
「et(エ)」を読んで、なんとなくどういう方向性で
考えていけばいいのかということが、ぼんやり見えたような気がしました。
(え、結局あんまり進んでないんじゃ・・・)


author:隈雨平, category:デザインについて。, 22:29
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エコの憂鬱。 その4
<つづいてます。月曜から。>

まあ
サスティナブルとかって言ってちょうど間とったもので
上手いことやっていくしか無いのですが、
そもそも人類があと「何年」、「持続」可能とするもの
なのかっていう、正確な目標が無いのに
サスティナブルって言ってもそれも曖昧なので
間とるにしてもどこの間をとっていいのかわからないですよね。

そうすっと、そう言う状況の中で
崇高で完璧なモノっていうのはたぶん生み出せない。
それが、
エコの憂鬱だと思います。

だから、結局デザインについて
何か言ったところで曖昧な理由の前提条件のもとで
嗜癖的に正しいと思い込んだ意見でしかないのではないかと思います。
もちろん、この文章だってそう言う側面を持ちまくっている訳で。

うん、
だから、そういったことの上で
結局、もとに戻るというか
自分自身がもってる直感の力で判断したことや
個別具体的に何が良くなるのかということを精緻に想像できることを
地道にというか、愚直といってもいいかも知れませんが
そうやってやってくしかないし、
そっちのほうが「良い意味で答えがない」というふうに言えるのでは
ないのかと思います。

うん。

結局、最後はぐらかしちゃったよ。
ていうか、結局デザインの話だったのだろうかこの話は。

<終わりますが、つづくんでしょうなあ話題自体は。>
author:隈雨平, category:デザインについて。, 10:57
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エコの憂鬱。 その3
<つづいてます。昨日一昨日から>

しかし、モノを作るということは
確実に資源を消費しなければならないことです。
デザインとは(なにかという定義をちゃんとすると
長くなりそうなので割愛。)
おおむね大量生産されるものなので、
資源を消費しまくるわけです。

だから、デザインと「エコ」は
ワタシが言うまでもなく切っても切り離せないものに
なってきてる、というかすでになってからだいぶ経つのに
「エコ」という概念自体が曖昧模糊としているということで、
今、なんとなーく
悪い意味でデザインに答えが無くなって来ているような
空気が流れて来てるように思うんですがどうでしょうか。

答えが無いから面白いんだって言うのは、
画一的な方法論がある訳ではなく、
状況によって最適解が違うから、
世界が多様であるとと平行してデザインも多様でおもしろい
というようなことが言えたのは、
所詮ロマンティークな時代の話で、
今は、使い回せる選手村を建てまくってオリンピックやったり
消費電力の少ない家電を大量生産したり
環境対応車を中国で沢山普及させたり
ビニール袋を使わない代わりに
折りたたみのトートバッグみたいなんを売りまくったら
偉いみたいなことになってますが、
それでは、本当は良いとは言い切れないのだと思います。
まあ
「エコ」ということ自体が曖昧模糊としているのに
意味はき違えてますよっていうツッコミに果たして
意味があるのかっていうとそこ自体がまた曖昧なので
なんとも言えないのですが。

<そして、また明日につづく。>
author:隈雨平, category:デザインについて。, 00:41
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エコの憂鬱。 その2
<昨日からのつづきです。>

エコ、エコっていうふうに
まるでポケモンの鳴き声(ゲームじゃないほうの。)かなにかのように
毎日方々のメディアで連呼しまくられいているので、
10年前やなんかに比べるとより多くの人が環境問題に関心をもつように
なったかのように思われるのですが、
実はそうでもないような気がしてならないのです。(けど、どうでしょうか)

確かに、前述にあるように「エコ」と発音する機会は多くなりましたが
何がちゃんと効果があって、何が無駄なのかとか
どの方法が正しくて何が間違っているのかということが
最近あんまり、言われなくなってきて
十把一絡げに「エコ」と言うことになんの疑いもなくなってきている
ように感じます。

それは、ゲームすると目が悪くなるだとかって
(もっとくだらないことでゲーム脳になるとかっていう
 オカルトチックな戯言も一時でましたが、
 それは、あまりにもくだらないのでまた別の話。)
しきりに言われた時期もありましたが、
今、パソコンやケータイのモニターには明らかに
TVよりも近づいて接していますが、そんなことを
しきりにいう人は見かけなくなったことや、
ケータイ電話は電磁波なりなんなりが出ているので、
ケータイを耳に当てて通話していると、脳がおかしくなるというような
ことも、一時は言われていましたが
最近そんなことを言っている人は、かなり少なくなってしまったことように

「エコ」と言うコトバも、もう
ざっくりとしか使われなくなってしまったのではないかとおもいます。
消費者意識とかそういうところまで下がっていくと。
(たぶん、どこかでは専門家の方々がいろいろ専門的に研究して
 いらっしゃることだろうとは思いますが、
 それでも、確実で正確な答えはたぶん出ないんだろうなと。
 素人考えの範疇ではそんな風に考えます。)

で、ワタシは実は「エコ」というものには
懐疑心の塊でして、
本当に今やっていることが正しいのだろうか、と。

<明日につづく。> 
(ちょっとめずらしいでしょう。
 順当にシリーズもののように毎日更新するっていうのを
 やってみたかったんですねー。)
author:隈雨平, category:デザインについて。, 00:07
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エコの憂鬱。その1
昨日の宣言通り、「デザインについて。」書くことにしました。
しかし、
このところずっとそれについて書いていなかったのは、
書きあぐねていたからであります。
ということは、
書くんだっていうふうに決めても、いざとなるとやっぱり
何を書いて良いのかわかりかねる訳です。

auのiidaがどうだとか
フォルクスワーゲーンの新型ゴルフがどうだとか
フィリップ・スタルクの新作が、
グエナエル・ニコラの、
どうのこうのということに対して
個人的には良い悪い、面白い面白くないというような
短絡的な感想ももちますし、
長年(というほどでもないですが)愛用しているものに
対して、そのデザインがいかに優れていると思うかというような
ことも、書き出したらそれなりに
書くことは出来ます。
(それは、当然のことで 自分の好きなものに対して
 何の感想も持つこと無く接しているという人はたぶんいないと思う。)

で、なんで「デザインについて。」書きあぐねているのかと言うと
あくまでも、
ブログというのはパブリックコメントでなければならない
(こんなアクセス数の決して多いとは言えないブログでも)
と思っているからで、殊「デザインについて。」は
何が正しいのかというのがはっきりしないジャンルなだけあって
パブリックコメントがしずらいわけです。

それで、何故で何が正しいのかはっきりしないのかというと
それはずばり「エコ」のせいだ と言い切ってしまっても
言い過ぎではないような気がしています。

<明日につづく。 や ほんまに。>
author:隈雨平, category:デザインについて。, 00:21
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